軽トラ紀行 3
| 少し足を延ばして・・・ 都賀町(現栃木市)→粟野町(現栃木市)→東村(群馬県桐生市) |
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3月下旬 カタクリの花が咲き出した頃だろうと、仕事をさぼって西方町真上地区に行ってみた。 残念でした 咲いていません 農夫がふきのとうを摘んでいた。 「イノシシが増えて困っているんだよ」 |
| 幽玄の世界へ誘う | もうちょっとこっちに来てくれないかな |
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秋に出かけて見ました
鹿沼市
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井戸湿原、 つつじの湯の周辺
(晩秋)
![]() つつじの湯の上流 |
![]() つつじの湯の上流 |
![]() 下の林道から井戸湿原方向を見る |
![]() 旧粟野町の清流 井戸湿原に向かう途中 |
![]() 湿原の周辺 |
![]() 林道から日光男体山を望む |
| 古峰ヶ原 古峰神社 | |
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粟野町(現在は鹿沼市)
| 社に、獅子舞を奉納するということをことを聞きつけ、出かけてみました。 秋の10月、場所は粟野町、上永野、山口というところ、大平町からそれほど遠くないところですが、このような民俗芸能がしっかり受け継がれていることに、驚きをかくせませんでした。残したいふるさとの心がここにも息づいております。 |
百川渓谷を秋に訪れました
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磐間を流れる百川 |
| 渓流釣り愛好家にはたまらんでしょうな〜 | ![]() |
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紅葉もきれいでした。 |
| 杉木立を走る百川 | ![]() |
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近くにこのような石仏もあります。 二十三夜塔 |
春に訪れてみました
粟野町(現在は鹿沼市)
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町営の温泉施設(ツツジの湯) |
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賀蘇山 |
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| 懐かしい木造作りの学校。 ぐりぐり坊やが今にも走って出てきそうだ。 廃校になっている。 |
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粟野町は自然を大切にしている町と思います。山の緑も豊かだし、水も澄んできれいです。 釣り糸を垂れ、渓流釣りを楽しんでいる様子 |
| 粟野町は林業も盛んです。管理された杉の山 | ![]() |
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井戸湿原 山の上なのに湿原があったり、、、不思議な空間です。春になると牛が放牧されていかにものどかです。 |
| この湿原から男体山を望む。曇天のためかすんでしまった。 | ![]() |
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ヤシオツツジ 栃木県の県花です。標高の高いところに咲いていて、オオルリのさえずりが今にも聞こえてきそうな感じでした。 |
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足尾町
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公害の原点といわれた足尾町の製錬所跡 渡良瀬川上流です。最下流が渡良瀬遊水地で、川の流域、池の周辺で鉱毒問題が発生したわけです。この山里にかっては宇都宮の人口をしのぐほどの人々が暮らしていたようです。今は廃墟となった家屋や住居跡が往時を物語っています。 |
| 製錬所周辺から流れ出る水。下は川ですから汚染された鉱毒物質がこのように流されたのではたまったものではありません。 | ![]() |
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少し離れて撮りました。全景が解ると思います。 |
| 山にはほとんど樹木は生えてませんでしたが、県や、町、心ある人々が植樹をして最近少しずつ緑が増えたようです。ツキノワグマも出没するように成っています。ですが元の姿に戻るには気の遠くなるような時間がかかるのです。 | ![]() |
| 富国強兵の下、近代化を推し進める一方で、資本側の犠牲になり涙を流した多くの人々がいたことを忘れてはならないと思います。栃木県の偉人に数えられる政治家田中正蔵はこの鉱毒問題に真っ向から取り組み、時の天皇に命を覚悟で直訴したことはあまりにも有名です。 | |
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東村 (群馬県桐生市)
![]() 村営の美術館 富弘美術館といった方が判りやすいかも |
![]() 内部の様子 |
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足尾町の隣、群馬県東村にある草木ダムです。 雨が降ってきたので写りが悪いですが、、、 |
| ダムを横から撮ってます。 | ![]() |
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近くを第三セクターの渡良瀬渓谷鉄道が走っています。 |
| 上の写真の駅、皇太子も訪れたご様子。趣のある駅ですね。 | ![]() |
![]() 雷電神社正面 |
![]() 彫り物も立派なものが多く、東照宮を縮小したようにも見えませんか? |
![]() 国の重要文化財 |
![]() 刃物や植木の出店がそろうのも魅力のひとつ (その値段じゃ買えないよ〜)¥ だって |
![]() 雷電神社のご神木 |